自信を持つということ


僕は結構、向上心があると自分では思っている。
特にSIerという職に就いている以上、最新技術は積極的に取り入れていきたいと思っている。

向上心に密接に関わってくるのが、自信というワードだと思う。
向上心を持って取り組めば、その結果が、場合によっては過程も自信に繋がるし、今これだけできるという自信があるからこそ、より向上心を持って次のステップに進めるものだと思う。


自信を持つという点で、僕は謙遜をしないように心がけている。
たとえば何か褒められたとして、謙遜をしてしまうと、すぐに次の褒め言葉が飛んでくると思っているからだ。

たとえば、こういう会話。
A「Bさんってめちゃくちゃ仕事早いから助かってるよ」
B「いえいえ、そんなことないですよ」
A「この間の資料も、すぐに作ってくれたじゃん」
B「あれはたまたまですよ、他の人だったらもっと早くできますって」

こういうやり取りは、Aさんの褒め言葉に対してBさんが謙遜してしまったことで、Aさんは実例を挙げてさらに褒めてくれようとしている。しかし、これもBさんは謙遜してしまっている。おそらく、この後もAさんは何かしらの話でBさんを褒めようとするだろう。

これでは色々とアカンと思う。

まず、Bさんは謙遜しているつもりが、ただ自分を卑下してしまっている点。これで知らず知らずの内に、「自分は大したことないヤツ。今までがマグレ」というのを無意識に思い込んでしまう。これでは、自信などすぐになくなってしまう。

次に、このやりとり自体が時間の無駄な点。こういう、謙遜の会話というのは日本人的なつつましくささやかな面があって、それはそれで、そういう意味においては素晴らしいと思うが、もう時間の無駄でしかない。メッチャ無駄。Aさんの時間もBさんの時間も無駄。こういう中身のない会話は早々に切るほうが良い。時間はマジで大事。

それから、自信は褒められた時よりも、自分で実感した時の方が付くと思う。少なくとも僕は、自分で実感できた時に自信が付く。だから、褒められて嬉しくない訳ではないが、謙遜し続けて延々と褒められるよりは、一回褒めてもらった段階でさっさと終わってもらった方が、自分でも客観的に評価できて良い(僕の場合)。

だから、僕なら多分こういう感じで会話すると思う。
A「那音さんってめちゃくちゃ仕事早いから助かってるよ」
僕「はい、ありがとうございます」

以上。
おそらくこう言えば会話は切れる。さすがにこの上褒めてくれることはあまりないと思う。Aさんの心理的にも。
こうすれば、余計な時間をカットできて大変宜しい。そして自分は出来るヤツ、「仕事早い」というAさんのワードを肯定的に捉えたままそれを自信の糧にできる。こうやって、少しずつ少しずつ自信を貯めていく。

次のようなケースもある。
A「那音さんってめちゃくちゃ仕事早いから助かってるよ」
僕「まあ、今までずっとやってるので」

これは一見、謙遜に近いがそうではない。
謙遜と違い、変にへりくだっていないのだ。
こう言うことで、自分がやってきた経験・ノウハウを活かして役立てられたという再確認ができる。
ただ、このパターンだと、謙遜と同様、直後に褒められるかもしれないからそこは注意しないといけない。

日本人には謙遜の文化、へりくだって自分を低く見せる文化が、カーペットにこぼした醤油よりも、白シャツに付いたカレーのシミよりも深く深く染み付いているので、こういう謙遜しない会話というのは時に相手に悪い印象を与えることがあるかもしれない。こういう時はできるだけ笑顔で答えたり、仕方ないと思って謙遜するのもやむを得ない場合がある。
これはケースバイケースで乗り切ってしまおう。

それでも謙遜すると、無意識に自分を低く評価してしまって、自信の喪失に繋がる。非常にもったいない。自信がなくなると、自分の意見を発信することが難しくなる。だから特に、趣味であれ仕事であれ、創作をする人はなおさら、謙遜するべきではないと思う。そうでない人にとっても、自分が働きやすい環境の提案ができなくなったりする恐れがあるので、なるべく謙遜はしない方が良いと思われる。

極端な話、「俺はどうせダメだ」と思ってしまうと、努力をしなくなる。努力をしなくなるとどうなるかというと、ある事をやろうとしても失敗を重ねるようになる。すると、チャレンジ自体をしなくなる。なぜチャレンジをしなくなるかというと、「俺はどうせダメだ」から。
適当にでも「俺はどうせダメだ」と思うと、そういう負の循環に閉じ込められてしまう。これは良くない。

逆に「俺はやれば出来る」と思い込むと、努力をするようになる。その結果、成功を繰り返し、どんどん新しいチャレンジをするようになる。「俺はやれば出来る」から、新しいことをどんどん始めてみたくなる。

「俺はどうせダメだ」「俺はやれば出来る」、どっちも、初めはハッタリなんだけど得られる結果は全然違う。「俺はどうせダメだ」と思うのは、やりたくないことを先延ばしにすることを正当化しようとする言い訳だ。その結果、上記のようなことになる。

僕が普段から意識しているのは、「おう、まぁな」の精神である。
自分が偶然できたことではなく、自分の勉強や知識、努力や経験の結果成功したことであれば、「おう、まぁな」と思ってしまって自信に繋げることを意識している。

「もうできたの?やっぱ仕事早いね」
「ありがとうございます(おう、まぁな)」

「おっ、この曲いいね」
「マジで?ありがとう(おう、まぁな)」

「そのシャツ似合ってるね」
「ありがとう、このシャツお気に入りなんだよね(おう、まぁな)」

「そのコンボ強いなぁ。よく思いついたなぁ」
「おう、まぁな(おう、まぁな)」

こんな具合である。

誤解しないでほしいのは、謙虚であるべきだとは思う。
謙遜と謙虚は全く違う。細かいようだが、言葉の意味は以下。

謙遜:
へりくだること。控え目な態度をとること。また、そのさま。
(出典:デジタル大辞泉)

謙虚:
控え目で、つつましいこと。へりくだって、すなおに相手の意見などを受け入れること。また、そのさま。
(出典:デジタル大辞泉)

謙遜と謙虚の大きな違いは、控えめな態度を取るか、素直に意見を受け入れるかどうか。
控えめな態度が美徳とされる、日本の生ゴミの絞り汁みたいな文化では同一視されがちだが、これは全然違う。

前述した通り、控えめな態度を取っていると、それだけで無意識に自信がなくなってくると思う。
控えめなのはポケモンだけで充分だ。襷ゲンガーで充分だ〈コシ:3
対して、素直に意見を受け入れるというのは、自分のやったことに自信を持ちつつも、意見を受け入れて、自分の成長の糧にできるかどうかだ。初心者の頃はブッパしてたけど、今は少しBやDに回して勝てるようになった。これがひとつの自信。それに対して、さらに上級者の「やっぱりなんだかんだブッパが良い」という意見に対して、「俺はこの耐久調整で勝ててるんだ」と突っぱねるのではなく、素直に聞いてみるということだ。

謙遜するな、されど謙虚たれ。というのが当面の信条。多分これ、結構いい線行ってる。E風来てる。

以上、ご査収ください。