本気で人を好きになるということ


なんというか、これは一回書いておきたいなと思ったので、恥ずかしいけど書いてみる。

僕はまぁ結構惚れっぽい性格らしくて、結構いろいろな人を好きになってきた。
でも、思い返してみると、本気で人を好きになったことは一回しかない。


僕にとって「好き」っていう感情はLoveと比較してのLikeよりも、もっともっと身近なもので、一般的にいう好感が持てる、程度の意味かもしれない。

僕は幼少期からそうなんだけど、抱き枕やぬいぐるみなどを抱っこしながらじゃないと安眠できないのだが、これはなにかに寄り添っていたいという部分が大きいと思う。仲の良い友人からは依存体質と言われたが、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。正直、僕にもよくわからない。
ただ、ぬいぐるみを抱っこしていると安心するから、やっぱり依存体質なのかもしれない。

本気で好きになった時っていうのは、これに近く、ベッタリとその相手に依存していると思う。
色々な想像にその人が登場するのも当たり前で、どこにいようが何をしていようが、頭の中に、心のド真ん中にその人の像が浮かんでいる。かけてくれた言葉が、見せてくれた表情が鮮明に思い出されるような状態。
なんか書いてて恥ずかしいけど、多分人を本気で好きになったり、恋したり、愛したりする時って、みんなこういう感じじゃないのかな。

僕の場合片想いで、しかも4年ほどその状態が続いていて、ずっとフワフワしたような感覚だった。抱き枕にその子の名前(愛称)を付けているような状態だった。キモイでしょ。僕もそう思う。
こう、フワフワしてるんだけど、ズッシリと重くて、苦しいものだった。この感覚が多分、本気で好きになったってことなんだろうなと思った。

ある日僕はとうとうその相手の子に告白したんだけど、それはそれはぎこちない言葉だったと思う。自分で言うのもなんだけど、ところどころ言葉に詰まってたし、好きって言いたいんだけど、言って楽になりたいんだけど、なかなか言えなくて、必死の思いで「好きなんだよね」って言って、そこから2、3のやりとりがあって、結局、まあなんだ、振られたわけなんだけどさ。まぁ、面と向かって、意味が違う「好き」を言うのは、かな~り難しいもんです。そんな勇気はなかなかない。絶対この空気だったら告白以外ないだろって(僕は思っていた)くらいの空気だったんだけど、それでも告白は難しいもんです。

というか、告白の結果上手くいって、そういう関係になったとして、その後どうなりたいのかっていうビジョンもなかったからね。今にして思うと。ただただ胸の中の圧迫感をどうにかしたくて、吐き出したら楽になるかもって。受け入れられたらどうしよう、振られたらどうしようなんてのは、全くじゃないけど考えてなくて、ただ、単に、ほんとに好きって言いたかっただけ、みたいな。

まぁいろいろと壁になりそうなことはあったけど、正直告白さえすれば、なんだ、かんだ、どうにかなるんじゃないかっていう希望はあった。あの時の僕は、望み薄だなと思いつつも、本気で、ワンチャンあるかもと思っていたし、付き合いたいと思っていた。付き合ってどうこうとは思ってなかったけど、それでもそういう関係に憧れていた。

そいで、しかも、普段からその相手には冗談っぽく好きだよとは頻繁に言ってたんだよね。今もだけど、当時からも仲良かったし。まぁ冗談っぽくなるよね、そりゃ。本気で好きな人を本気で好きだと意識したうえで、本気の「好きだよ」を言うのって、これ、本当に難しいことだと思いますよ。
一回LINEで告白しようともしたんだけどね。でも告白するなら自分の口でしたいって思ってやめた。
でも実際は、午後8時くらいに「恋愛的な意味で、○○のこと好き」って入力して、そのまま翌午前4時になっても送信ボタンをタップできてなくて、「こりゃLINEでは無理だな」と思って諦めた。

で、僕は振られた訳だけど、その後、3カ月後にもう一回同じ人に告白しました。
本当は一回振られた時点でキッパリ諦めようとも思ってたんだけど、なんというか、その人が既に僕という人間の中でかなりのウェイトを占めてしまっていて、ここで諦めたら、俺、空っぽだなと思って、諦めるに諦められなかった。

その頃よく聴いていた歌ははっきりと憶えている。KANA-BOONの「羽虫と自販機」という曲だ。これは、KANA-BOONが好きな友人がいるんだけど、その友人に教えてもらった曲のひとつ。この曲からは、なんというか、「振られたり、別れたりしたからって、その人を嫌いになったり、好きであり続けることをやめる必要はないんだよ」的なメッセージが感じられた。すごく肯定感があったし、僕自身楽器を演奏したり歌を歌ったりするのが好きだから、「君を忘れたら もう歌を歌えなくなる気がするよ」っていう歌詞にも共感できたし、すごく励まされた。

で、二回目の告白でもまぁ振られるわけなんですけど、もう好きって言うのが目的になってたんだよね。本当は自分の気持ちを伝える手段の一つにすぎないのに、手段が目的化してた。こういうのって、誰かがなってるのを見ると「アホだな」とかって思うんだけど、自分がなってても、少なくともその時はなかなか気づかないもんな。自分の中で好きっていう気持ちが膨らんで、胸を圧迫する感情をどうにか体外に出したかった。そうしないと胸がはち切れてしまいそうだったから。

で、僕もなかなかしぶといというか、性格は良い方じゃないから、その二ヵ月後にもう一回だけ告白しました。電話で告白しました。それがその子への最後の告白でした。

「ごめん、やっぱりお前のこと好きだわ」みたいなことを言ったと思う。「だからどうこうって訳じゃないけど、なんか、好きって言わないと辛くて、苦しくて…ごめん」みたいなことを言ったと思う。
そしたらまぁ相手の子もこれかなりの人格者で、「やっぱり那音の、そういう意味の好きには応えられないけど、那音が苦しいのは嫌だから、一緒に楽になる方法探そう?」みたいな、そういうことを言ってくれて、僕もう涙がブッワーなんですよ。その子、本当にいい子なんですよ。

こうして3回の告白を経て、僕は、きっぱりと諦めることにしました。

その子のことを好きと意識するのを無理やりやめました。無理やりじゃないと不可能だった(そう思った)からです。とっても苦しい選択でした。最初に振られた時よりも辛かったです。よく失恋ソングとかで「好きにならなければよかった」みたいな歌詞がある度に「なんてことを言うんじゃ、アホか」って思ってたんだけど、今ならその気持ちは本当によくわかりますね。振られるのは、正直ショックはショックだけど、好きであるのを止めることに比べたら全然可愛いもんです。

そしてその子のことで一杯になってた頭が空っぽになって、ひどい喪失感や虚無感にずっと悩みました。今まで好きだったことが、何一つ手につかなくなりました。大好きだった歌も、楽器も、僕はその隙間をなにかで埋めようと、趣味や勉強に没頭しました。今まで興味がなかった服装ややらなかったジャンルのゲームにも積極的に視野を広げて行きました。その子のことを好きだと考える余裕がないくらいに、スケジュールをガチガチに詰めて、転職もして、忙しくなる環境に身を置きました。
結果、上手くいきました。その子に対して、恋愛対象として好きという感情は、もうないです。今回このエピソードを振り返ってみて、「こんなこともあったなぁ」って笑えているくらいには色々元気を取り戻せました。

今にして思うと、本気で人を好きになっている時間というのは、とても幸せな時間です。そして、多分、具体的に考えずに、一緒にいるシーンを想像しているくらいが一番幸せです。辛い面も間違いなくありますが、幸せな方が大きいです。このエピソードは僕の恋愛観に大きな影響を与えました。その子とは今でも仲良く遊んでいますが、この一件も含め、感謝してもしきれないです。でも、本気のありがとうも、なかなか素直に言えないです。恥ずかしくて面と向かっては言えないです。人間だもの。なのでここに書いてみます。

いつも、本当ありがとな!

おわり。